プロローグ
ああ無情、気がつけば年度末になってしまいました。なお、遠征の記録は37日分あるのに3日しか書けていません。ブロガー失格ですね。
とはいえ、「次」がある以上さっさと決算としておかないと不味い。ほんでどうせ総集編を最後に出すなら今書いちゃっても良いじゃない!記憶の引き出しを定期的に開けておくのも大事なことですから。
という訳で、個別日の記録は全くといって良いほど終わっていませんがサクッといい感じに総集編を書いてしまいましょう。

終わらない大会運営の激務があったので許してください。なんてったって、仕事が片付いてから1日でこの記事、実に21000字を書き上げたんですから。やればできるんです。やれなかっただけで(笑)
本編
Day1:Osaka→Paris、初の欧州便でヨーロッパへ!

旅の始まりは伊丹空港から。旅程の都合上、絶対に遅れることが許されない始発の羽田便に搭乗です。家から伊丹空港までは1時間と少し、乗り換えも3回しなければならないので実に心配でしたが無事なんとかなりました。良かったね。
ボーイング787はもちろん定刻通りに伊丹を離陸し一路東へ。朝の通勤ラッシュに沸く地上の民とずいぶん小さく見える富士山を飛び越えて羽田空港の滑走路へと滑り込みました。つい半年前に海保機とクラッシュして炎上してる事故があったのでちょっと怖かった。

普段は通る事なんてない国際線乗り継ぎゲートを通って羽田空港第3ターミナルの出発ロビーへと向かいます。空港泊ではよくお世話になるこちらのターミナル、まさか本来の用途で使う日が大学生のうちにやってくるだなんて思ってもみませんでした。
荷物は伊丹のチェックインカウンターで通しで預けているのでリュック一つで保安検査を通過。流石に並んでいる機体たちも大型のものばかりで「あぁ、遂に日本を脱出するんか」と感慨に浸っておりました。そんな私のパリ行きの機体はボーイング777です。

定刻通りに777は羽田を飛び立ち東へと旋回。筑波やその他房総半島の諸都市を飛び越して太平洋を越えていきます。本来はロシア上空を飛ぶのが最短ルートですが、某紛争によりロシア上空を飛べないことからかつての北極圏航路でヨーロッパへと向かいます。
楽しみにしていた機内食は出発から2時間ほどで提供。うん、もうとりあえず美味しかったということくらいしか覚えてないです。個人的にはカトラリーがステンレス製なのが驚きました。重量的に効率的にプラだろうと思っていたので。

飛び続けて9時間ほど、14時間のフライトも中盤に差し掛かってきました。おそらく場所はアラスカ付近からカナダの限界楯状地あたりかと思います。美しい蒼穹と無限に続く荒れ果てた大地が実に印象的です。
14時間のフライトと聞くとあまりの長さに気絶しそうになりますが、実際に乗ってみると意外とそんなに長く感じませんでした。機内食を食べたり、うとうとしたり、ブログを書いたり、そんなこんなであっという間に時間は過ぎるものです。

気がつけば大西洋もグレートブリテン島も飛び越えてパリ上空に。教科書でしか見たことのなかったヨーロッパの街が実在した事になんだか安心しました。だって、この目で見るまでは存在しないかもしれないんですから(笑)
とはいえ無事に飛行機は長旅を終えてパリ、シャルル・ド・ゴール国際空港へと着陸。機体への名残惜しさとヨーロッパへと降り立つワクワクが同時に押し寄せてきて感情爆発しそう。ちぬ。

入国審査官と話す内容を頭の中で100回くらいシュミレーションしていたのですが、日本のパスポートが優秀すぎて機械にかざして顔認証したらそのまま入国できちゃいました。検疫とか厳しくないのが大陸国らしい。
荷物は無事ロスバゲせず回収できたので早速、宿があるパリ市街へ向かいましょう。使うのは危険と名高いRERのB線。略奪事件とかも多発しているらしいですが、警備員も乗っててそこまで雰囲気は悪くなかったかもー。

到着したパリ北駅は世界的にも有名な駅。年間で2億人の利用者を数えるこの駅はヨーロッパにある鉄道駅の中で最大と言っても過言ではない規模をしています。また、駅正面のファサードも大変立派なもので建造物としても大変価値のあるものです。
その一方で駅前には黒人の屯するエリアがあり雰囲気は悪め。タバコはもちろん、なんだか嗅いだことのない不思議な匂いも漂っていました。なお、自分の泊まった宿は駅から徒歩2分のところのドミトリーでした。終わりやね。

窓から見える建物はまさに「The ヨーロッパ」という感じの白亜の建物。窓の形状や冊子の構造など、大学の高度教養科目で学んだ様そのものです。教養というのはこういうところに活かすものなのですよ(上から目線)。
とりあえず今日は日本からの長時間のフライトで見えない疲労が溜まっているのでさっさと寝る事としましょう。初めてのドミトリーでしたが宿の受付の態度が実に悪い事以外気になることもなく普通に快眠でした。
Day2:Paris→Bern、駆け抜けろ!TGV

翌朝時刻はまだ朝の5時を過ぎた頃ですが、早速南へと移動開始するのでパリ北駅からパリ・リヨン駅へ向かいます。ヨーロッパの駅名の特徴として駅の所在地と行き先の地名の両方を冠している点が挙げられます。
初の地下鉄は多少恐怖感もありましたがまあ普通にしていれば恐らく大丈夫。世界に名だたるTGVのホームに向かいますがQRをかざしてもなかなか反応してくれない改札。どうやら画面の明るさが足りなかったようです。

パリ近郊こそ街並みが続いていましたが、しばらくすると日の出に照らされ黄金色に輝く小麦畑の中を時速300kmで疾走します。一等車に乗車しているので座席が非常に快適。高速鉄道とは思えない乗り心地でうとうと。
それにしてもこちらの鉄道は高架やトンネルのないことと言ったら。日本の新幹線は高架化トンネルを走るのがごく当たり前ですが、こちらは大半の区間が築堤か切り通しで地形のフラットさをまざまざと感じます。

2時間と少しでフランス第二の都市であるリヨンに到着です。日本の新幹線もカッコいいですが個人的にはヨーロッパ系の高速鉄道の形の方が好きだったりします。とりあえず流線型にしてあとはパワーでゴリ押す感じ。
リヨンと言っても私は何も思い当たるものがないのでひとまずGoogle Mapで発見した大聖堂へと向かう事にします。地元の鉄道にも乗れるみたいなので交通オタクとしては一石二鳥ですね。

しかしまあ、このフラッと立ち寄っただけの大聖堂がすごいの何の。リヨンの街を見下ろすフルヴィエールの丘に建てられたことから「ノートルダム大聖堂」とも「フルヴィエール大聖堂」とも呼ばれているらしい。
本格的な聖堂に入るのは初でしたが、その巨大な天蓋と圧巻のバシリカには言葉を失います。宗教ってな〜んだ、と思うタイプの人間でしたが、いざ目の前にすると「確かに神はいるのかも…」くらいに思える圧倒的な存在感を感じました。

一通り聖堂を見て周り丘を降りたところで某I君から電話が。どうやら滞在中の計画不詳で入国審査で止められたらしい。仕方なく自分が入国審査官と電話でお喋りし事情を説明して事なきを得たようでした。
危うく日本代表がEU入国できず欠場という未曾有の事態になりかけるところを阻止したのでした。褒めて欲しい。やっぱり海外遠征する時は紙に行動計画とか起こしておくのって大切なんですね。やらんかったけど。

電車の時間が近くレストランによる余裕もないので駅ナカのパン屋さんでベーグルとカプチーノを注文。どう見ても中身はカプチーノではなかったのですが、めっちゃ忙しそうだったので特に何も言わず。ベーグルに挟んでたハムが美味しかったのでヨシ!
ここからは近郊列車に乗ってスイスのジュネーブへと向かいます。パリから直接ジュネーブへ向かっても良かったのですが、時間が余っているのと直行するTGVが国境を越えると料金が上がるのでリヨンを経由したのでした。

朝のTGVでは山なんて全く見えない平坦な大地をぶっ飛ばして進んで来ましたが、この近郊列車では平らな車窓の果てにだんだんと山脈が近づいてきてスイス・アルプスが近い事を感じさせます。
さらに国境に近づくと日本の鉄道路線のような川沿いの谷をクネクネと縫うように走る路線に早変わり。川の水の色が白っぽく濁った感じなのが日本と違うくらいであとはだいたい一緒。

国境を越えジュネーブに到着したらちょっとだけ乗り換えて次の駅へ。ここはどこかというと国連の事務局。ジュネーブにあるんですね。お隣さんにWTOとかWMOの本部もあるので首からプラカードをぶら下げた多国籍な皆さんが肩で風を切って闊歩しています。
そして今気がついたのですが、フランスからスイスまで国境を越えたはずですが特に審査等はなし。これがボーダーレスってやつですか。目の前の事務局前には金属のボーダー(柵)があるのに…

これらの国際機関が集まるジュネーブ、その象徴といえばこのレマン湖。琵琶湖よりも少し小さいくらいのこの三日月型の湖ですがここを下っていくとローヌ川を通って地中海へと注ぎます。途中にドイツとフランスを通るのがヨーロッパらしい。
初夏の日差しは少し汗ばむくらい。水着を着た老若男女が湖畔で水浴びをしていて実に楽しそう。そよ風が吹きつける湖畔をのんびり歩くと何だか全部どうでも良くなる気がします。老後はここで過ごしたい。

老後を考えるにはまだ早いと思うのでジュネーブ観光は浅めに終わらせてIC(都市間特急)でスイスの首都ベルンへ向かいましょう。ホームで待っていたらオール2階建ての十数両繋いだ巨大な編成がやってきて度肝を抜かれました。
このIC1系統はスイスの大都市、ジュネーブ・ローザンヌ・ベルン・チューリッヒを繋ぐ日本でいうところの東海道のようなもの。ECO意識の高いスイス人にとって飛行機は俗物なのでこうして頻繁に巨大編成が国土を東西へ横断しているというわけです。

座席は変わらずとも人が少なく閑散としていて快適な一等車に乗り込み悠々と車窓を眺めます。ローザンヌまではひたすらレマン湖を右手に見ながら湖岸線を快走して行くので乗る機会があれば進行右手の座席をオススメいたします。
ローザンヌを越えると内陸の大地へと進むため徐々に標高を上げ湖面が眼下に見えるように。流石に琵琶湖と同じくらいの規模があるという事で随分と果てしないところまで水面が続いているのが見えますね。

丘陵地帯へと入るとスイスらしい牧歌的な風景が広がるようになります。丘の斜面の広がった牧草地とポツポツと立ち並ぶ家々。某アルプスのアニメで見たことのあるようなないようなそんな景色です。
ジュネーブから2時間ほどで首都ベルンに到着。連邦制をとるスイスにとって首都ベルンは行政の中心地。政府庁舎をはじめとした行政機関が集まっています。

一方で旧市街に代表される古い街並みも残されておりこちらは世界遺産に登録されています。市内中心部を流れるアーレ川の清水と合わせてよく写真映えのしそうな美しい景色です。晴れてたら最高だった。
晩御飯をCOOPで探しましたがパスタでなんと日本円にして3000円というぶっ壊れ物価を目にしあえなくサラダに目標変更。それでも1500円する野菜を貪りながら金欠大学生の虚しい食事で腹を満たしました。

軽く10kmくらいの気持ちの良いランニングを済ませ夜も深まってきたベルンの旧市街を歩きます。スイスの国旗とベルン地方州の州旗が通りに掲げられており実に絵になります。流石にスイスなだけあって街の雰囲気も良い。
今日もドミトリーですが明日はこの旅の本命の一つなのでさっさと寝てしまいましょう。なお、某B予約サイトで予約したところ支払い済みなのに再度チェックイン時に請求されたので支払う際はしっかり確認しましょうね。
Day3:Bern→Tirano、レーティッシュ鉄道探訪

流石にスイスの首都なだけあって駅は非常に立派。駅ナカのコンビニやパン屋さんも朝早くから開店していて通勤客と思しき人間達が朝食にありついている様が観察できます。もちろん自分もそこに混ざります。
今日はまず昨日乗車したIC1で金融の街、チューリッヒへ向かいます。朝早くから巨大編成を走らせてるスイス、日本に負けず劣らずの鉄道大国であることが見て取れます。

チューリッヒで別系統のICへと乗り換え。IC3はドイツとの国境にあるバーゼルからこれから向かうクールという街を結んでいるスイス鉄道主要路線の一つです。
チューリッヒを出発すると先のIC1と同じく三日月湖なチューリッヒ湖の湖畔を走ります。縦幅はたったの3kmしかないのに横幅は40kmあるのですから現代に至るまではさぞ自然の要害だったことでしょう。

急峻な山々の隙間を縫うようにすり抜けるたび所々人の住める大きな盆地に差し掛かります。昨日の丘陵地もそうでしたが、前世でどんな徳を積んだらこんなに美しい地に住めるのかと問いたくなるほど素晴らしい車窓です。
所々に牧場のような家畜の集まる平野を抜けると数々の観光列車の拠点駅となっているクールの街へと到着します。

ここからはスイス国鉄からレーティッシュ鉄道という私鉄へ乗り換え。ヨーロッパの鉄道の特徴ですが改札などは基本的にないので実態としてほぼ同じ鉄道路線と考えて差し支えありません。国境さえそうです。
レーティッシュ鉄道はその多くの区間が世界遺産に登録されている実に珍しい鉄道路線、その登録内容というものが「レーティッシュ鉄道アルブラ線・ベルニナ線と周辺の景観」というもの。早速見ていきましょう。

まず、クールとサンモリッツを結ぶアルブラ線に乗車します。クールを出てすぐに深い谷に築かれた数々の築堤や石橋、切り通しやトンネルを通り抜け川沿いを進んでいきます。もちろん急な曲線ばかりなのでこうやって編成の前の方まで見通せます。
この区間が凄いのはまず急勾配。一般的な鉄道では最凶クラスの35‰の急勾配を越えて1500m近い標高差を越えていきます。この区間が開通したのは実に100年以上前の1904年のこと。そんなまだ近代の名残薫る時代からこの地形を克服したというのですから実に驚きです。

もちろんそんな川に沿ってだけ走るだなんて生ぬるい訳もなく、こんな風にアルプスの雪解け水に侵食された大きな谷も石造りの古い高架橋で悠々と、そして力強い歩みで超えて行くのです。
写真に写っているのがこのアルブラ線で最も有名と言っても良い「ラントヴァッサー橋」という橋。世界で最も撮影された橋という異名すら持つこの橋は直接絶壁に築かれたトンネルへと接続しておりその高さは65mとビル15階建ての高さを有します。

せっかくなのですぐ近くのフィリスールという駅で下車しラントヴァッサー橋を下から眺めてみることに。ちょうど時間通りに駅を出発したクール行きの氷河特急がゆっくりと通過。柵も簡単なものしかないため通過する車両がよく見えるのが特徴。
普段から主塔が300m近くある吊り橋を眺めていますが、こちらは首を思い切り捻って見上げないと視界に収めることができずあちらとはまた違った迫力を感じるものです。

2時間後の列車に乗り深山幽遠の渓谷を越えて世界的リゾート、サンモリッツの街へ到着です。冬季オリンピックが二度も開催されたこの街は標高が実に1800mもあり年中涼しいことから「シャンパン気候」とまで言わしめるほど。
日本の山岳リゾートの一つに北アルプスの上高地がありますが、あちらは1500mくらい。こちらはさらに標高の高い場所に大規模な鉄道路線が通っているのですから驚きです。しかも100年前から。

サンモリッツからはベルニナ線と名前が変わり、列車もベルニナ急行へと乗り換えます。ここからは更に高度を上げ2253mの標高を有するベルニナ峠を越えるのです。しかも最急勾配は70‰となりもはや異次元のレベル。
風景もサンモリッツから打って変わり木々も生えず山肌には万年雪の残る荒涼とした景色へと様変わりします。空気も更にひんやりとしもはや肌寒いと言えるくらいです。

ベルニナ峠を越えると標高差1800mの超絶長い下り坂を降下し始めます。途中にあるアルプ・グルム駅からはパリュ山の東の谷に広がる巨大なパリュ氷河を一望できます。
道路の全く繋がらない急斜面に築かれた駅なのに構内は観光客で溢れかえっていました。確かにこの景色なら遠方から鉄道を乗り継いででも来る価値があるというものです。

ギシギシと軋むレールの音を聴きながら右へ左へ揺れる列車の振動に体を任せます。自分が乗車したのは自由席の一等車だったのでほぼ貸切状態。窓を開けてひんやりとした風を浴びながら悠々と車窓を楽しめました。
イタリアとの国境に近づくと先のラントヴァッサー橋と並び有名なブルージオ・ループ橋を通過。標高差を克服するために造られるループ線をこのように橋で跨ぐ光景は世界広しといえどここだけ。乗客皆が釘付けでした。

早朝にベルンを発ってから実に10時間。2回目の国境越えを果たしイタリアの街、ティラーノへ到着です。某恐竜と名前が似ていますが何ら関係はないみたい。
物価の高いスイスから一転、お買い得感満載の物価になったのでアイスや食料とたくさん買ってしまいました。ピザもアイスもさすが本場というだけあって炉端の店の味が一級品です。私の舌が安っぽいこともあるのでしょうが(笑)
Day4:Tirano→Vittorio Veneto、水の都「ヴェネツィア」

本日も早朝から移動…するつもりではあったのですが、残念ながらホテルの入り口のドアが開かず閉じ込められてしまったため一本後のバスに乗る羽目に。まさか鍵までかかっているだなんて思いませんでしたがこれも防犯事情なのかもしれませんね。
ちなみにこのバスも鉄道工事のための代行バス。本来であればミラノ駅まで一本で行けるはずだったのですが途中のコリコという駅でバスから列車に乗り換えます。早速トラブル多発です(笑)

湖畔のコリコの街で鉄道に乗り換え。一等車もそこそこ人が乗っていてギリギリ着席できるかくらいの混雑具合でした。まあ恐らく一等の切符なんて持ってないけど検札が時間柄来ないから横着して乗っているというところでしょう。
日本の普通列車は箱型なことが多いですがこちらはどれも特急ライクな見た目をしているので個人的にはこっちが好きかも。でも座席はだいたい固いプラ製でモケットなことはなかなかないので一長一短。

ヨーロッパの鉄道には遅れがつきもの。ミラノ中央駅で5分の乗り換えをしなければならなかったのですが無事に遅延でヴェネツィア行きの特急「フレッチャロッサ」に乗り損ねました。チクショウ、ここまで旅程は順調だったのに。
とはいえ仕方がないので窓口の係員に相談してフレッチャロッサの指定席券を20分後に同じヴェネツィア行きのEC(ユーロシティ)に振り替えてもらいました。こういう時も臆さず対応するのは大事です。私に過失はないので。

楽しみにしていたフレッチャロッサに乗れなかったのは残念ですがECだって悪くはありません。席が空いていなかったようでボックス席に割り当てられましたが、リクライニングがぶっ壊れている以外は至極快適な座席でした。
今時の日本ではもはや見る事のない車内販売のブースが付いている列車なのでみんな大好きカプチーノ。他にも色々と売っていたみたいですがお金ないので朝ごはんの代わりにです。

昨日鉄道でえっちらおっちら越えてきてアルプス山脈を横目にイタリア北部の平野、アルプスの裾野を高速で駆け抜けます。途中ブレシア・ベローナ、パドーヴァといったどこかで聞いた覚えのある街に止まります。
イタリアは日本ほど人口密度が高いわけではないのでこういった大きな平野であっても畑や牧草地といった景色が広がる余裕のある景観。関東平野のぎっしり詰められるだけ人を詰め込んだぎゅうぎゅう詰めの景色と全然違いますね。

ミラノから2時間半ほどでイタリア本土からヴェネツィア本島へと干潟の上に架かるリベルタ橋を渡ります。この橋は実に4km近い長さがあるのですが開通したのは1846年。しかも初めから鉄道橋として開通したといいますから驚愕です。
橋を渡り切ったところにあるのがヴェネツィア・サンタ・ルチーア駅。20番線以上を擁する巨大な駅で各地への特急・近郊列車や夜行列車が発着しています。駅のすぐ外で観光客向けの荷物運搬ニキたちが客引きをしていましたね。

ヴェネツィアの持つ異名は皆様ご存知の通り「水の都」。その由来となった運河は最も有名なグラン・カナルを筆頭に細い水路まで入れると実に150本以上が町中に張り巡らされているのです。
歩道に両側を囲まれた運河から、建物のすぐ外が運河となっている箇所まで。とにかくありとあらゆる形態の運河があります。当然そんな街ですから舟運が発展しこの様に建物に直接乗り付ける様な形さえあります。

人が数人通るのがやっとな街路をくぐり抜けヴェネツィア島の南岸へとやってきました。オレンジや白色のカラフルな建物が立ち並び強く日差しが降り注ぐ感じ、まさしく地中海という趣で素晴らしいですね。
ひとまずヴェネツィアと言えば舟、ということで街外れにあるヴェネツィア海洋史博物館へとやって来たのでした。入館の際に学生の提示を求められ日本の学生証でも良いかと聞き返したら、「Of course!」とウッキウキで返されなんか嬉しくなっちゃった(笑)

展示内容としては海洋史という名前の通りありとあらゆる船舶に関する内容。もちろん、このヴェネツィアが中心でその始まりや数々の海戦の歴史、あるいは使用された大砲などの武器や古い船の操舵輪など多岐に渡ります。
驚いたことに日本の海軍の制服や江戸時代の帆船の模型なんかも展示されていてちょっと嬉しくなりました。個人的にはこのすんごい強そうなガレー船が格好良くて好き。

一通り見てまわったら駅への帰りしなにサン・マルコ広場と寺院、そのそばにあるドゥカーレ宮殿を外から観覧します。館内にも入れれば良かったですがちょっとお時間の都合上断念。まあ、ヴェネツィアならいつか来ることもあるでしょう。
流石に有名な観光地なだけあって様々な国籍、老若男女でごった返していました。何だか怪しげなお土産の販売屋さんやらもありカオスな印象。めちゃくちゃ高い鐘楼が印象的でした。

グラン・カナルなる中心部を流れる巨大な運河を渡る橋は数本しかありません。その一つが有名なリアルト橋、16世紀に造られた白亜の橋です。とりあえず人が多いのなんの。平日のはずですが通り抜けるだけでも一苦労です。
その上からはこの様に運河を行き交う船たちを見下ろすことができます。両側に立ち並んでいる建物からはデッキが張り出しており船の乗船口になっていたりレストランになっていたりとヴェネツィアらしい景色を作りだしています。

いくら人の多いヴェネツィアといえど主要観光地から少し離れた通りは普通に観光できるレベルの人の入り具合。そうそう、こういう地元の人間が生活している「観光地らしくない観光地」の景色が好きなんですよね。
とは言え人通りがない海外の道というのは少し気をつけた方が良いという話もまた分かるもので、あちこちに行き止まりの路地が複雑に入り組んだ風景には少しピリついた空気も感じた…様な気がしました。

さあ、観光もそこそこにオリエンテーリングをしに向かいましょうか。なんてったってこのためにヨーロッパまでやってきたのですから。各方面へと向かう巨大な時刻表とその到着ホームとを周囲の人々と一緒に睨めっこします。
ここから今日の目的地であるヴィットリオ・ヴェネトへは近郊列車で1時間ほど。ちょうどスマホの充電が怪しくなってきた頃合いだったので車内についたコンセントをありがたく使用させていただきました。

今日泊まる宿の人に伝えた待ち合わせの駅の一つ前で下車。宿の周りにはどうやらまともに飲食店がない様なので近くのLidlで4日分の食料を買い込みます。保存できる食料、あと料理もしたくないので乾物ばかりになってしまいました。
重い荷物を背負って街路を往復して電車で一つ先の駅に。ヴィットリオ・ヴェネト駅に到着です。時間通りに宿の青年と落ち合い車で見えていた山の上へと運んでもらいました。

実に感じの良い青年で英語も多少話せたことからある程度意思疎通もできて良かった。マニュアル免許の話とかで盛り上がりました。
宿はこんな感じで山の上の牧場。馬や可愛い鶏など家畜のざわめきに囲まれた居心地の良い場所でした。オーバーブッキングで通路脇のスペースをカーテンで仕切った寝床になりましたがこれも案外居心地良くて良かった。

宿のオーナーに今から近くのレストランに行くんだけど一緒にどうかと誘われたので思い切ってついて行くことに。彼は英語は話せませんでしたが、若干の通訳を挟みながら日本のレストランとかお酒の話をしました。こういうのは受けてなんぼですね。
写真はニョッキ(gnocchi)という芋で出来たパスタの一種。肉のそぼろが入ったソースと良く合ってとても美味しかった。名産だからぜひ、ということで頂いたプロセッコも絡みが少なくて飲みやすくスパークリングワインにハマりました。
Day5:Cansiglio Orienteering Meeting 1日目

気持ちの良い朝日の差し込みで目覚めました。冷蔵庫にぶち込んでおいた牛乳をシリアルにかけて朝ごはん。今更ながら、キッチンがあったのだから料理できる具材を買えば良かったと後悔。とは言え清々しい朝ですから外のそよ風の中でサッと済ませる朝食も良いもの。
今日はスタート時刻が比較的早いのとちょっと近場(5km先)のカフェでゆっくりしたい、あとは道路が通行止めになるかもと言うことで走って出かけます。最低限必要な物だけ持ってレッツラゴー。

森の中をウネウネと続く舗装路をジョギングし鞍部を越えると下り坂。だんだん明るくなってきたかと思うと視界がパッと開けました。初夏の空も相まって遠くに見えるドロミテの端に位置する山々がよく映えています。
右手に見える森のコテージでカプチーノを注文。またかよと言う感じかもしれませんが好きなもので仕方がないんです。ふわふわのクリーミーな泡がそこら辺のカフェから出てくるのはしっかりイタリアという感じ。

それではいよいよ初の海外オリエントいうことで大会会場へとやってきました。受付で参加賞のバッグやら申し込んでおいたモデルイベントの地図を受け取り準備します。
この大会へはOLKの皆さんも参加されていたようで5日ぶりの日本人との会話。思わず英語が…という様なことはありませんでしたが、ずっと英語ばかり話し続けていたので日本語で会話でき安心感ぱねぇ。
アップしてスタート時刻が近くなったらスタート地区へ。やり方はまんま日本と同じで何も戸惑うことはありませんでした。とりあえず出走し走るもゴリゴリを極めた12.9km/520mの超ハードコース。さすがWREのM21Eクラスなだけあります。
あまりのタフさに終盤走る元気もなくなりましたがすんでのところで完走。いやはや、図らずとも全日本クラスのロングディスタンスを走ってしまいました。実走16km/700mのタフさ。でも、一面のブナ林が最高に綺麗な森で超楽しかった!詳細はぜひ動画で。

帰りは本当に偶然に昨晩のレストランで知り合ったスイス人御一行に同じ宿のよしみで車で送っていただきました。ほんま、ありがとう。ラオス人のLang君にスイスの激うまチョコレートも貰って人の温かみを感じました。
日の長いヨーロッパではお昼の時間がのんびり。森を初めて走るLang君と地図読みやお菓子パーティーをして仲良くなりました。あ、あとそこの椅子でくつろいでいるおじさんはUluさん。これは全てが終わってから知った話ですがIOFの役員でした。なんでおんねん(笑)

帰り道に先のスイス人御一行に晩御飯に誘っていただいたのでぜひ!ということでお邪魔。ドイツ語圏の皆さんにとって英語は自分と同じ第二言語、一苦労こそすれど雑談程度の意思疎通は問題ありませんでした。
結局、同じくアジア人のLang君がいた事もあって日本の常識とスイスの常識の話で盛り上がりました。スイスの皆さんは我々が「ティーセレモニー」を頻繁にしていると思ってはるみたい。それはつまり「お抹茶を立てる」ことだったり。異文化交流って面白いですね(笑)
Day6:Cansiglio Orienteering Meeting 2日目

おはよう、ワンちゃん。実に人懐っこいこの黒いワンちゃんが起床すぐの癒し。天国かね?ここは。今日も随分と天気がよろしい様でオリエンするには絶好の日和。
Uluに今日も乗って行きなさい!と車に連れて行かれたのでまたまたお邪魔。レースが終わった後に一緒に観光しに行くか?と聞かれましたが、今日は日本から来てる友達と一緒に観光する予定があるからと丁重にお断りさせていただきました。

駐車場から会場まで長い草原の道を歩きます。まだ海外でオリエンするのは2回目なのになんだか見知った様に感じる、そんな雰囲気です。
今日はヨーロッパでも屈指に難しいよ、足場にガチ気をつけてねとめっちゃ忠告して頂いたので旧図と睨めっこしつつ気合いをチャージ。今日は会場でハンバーガーの販売があるらしいので早く帰ってきてそれにありつくことを目標に頑張ります。
と、意気込んだのも束の間。スイス人に欧州最難関とまで言わしめた強烈な微地形が襲いかかります。とにかく凹凸が分かりにくい。何をどうやったらこんな地形になるのかと叫びたくなるくらいのかつてない地図読み難度で仰天でした。
しかもそこらじゅうが岩だらけ。おまけにとんでもない崖まであるのですから今にも落ちないかヒヤヒヤもの。触るとかぶれてしまう厄介な草も生えていてなかなか大変なレースでしたがなんとか気合いと根性で今日も完走です。

先ほど申し上げたJapanese friendというのはOLK御一行のこと。混ぜていただき感謝です。さほさんの運転で山を降りドロミテの方へと幹線道路を走ります。
ドロミテというのはイタリアからオーストリアにかけて続く石灰岩質の山脈のこと。その岩質により特異な山岳景観を生み出します。具体的にはご覧の通り、ゴツゴツとした先鋒が続く切り立った山並みです。

やってきたのは「カドーレ湖」というドロミテの入り口に位置するそこそこの大きさの湖。湖水の色がスイスと同じくらい白く濁った青色をしています。もはや緑に近いかも。
楽しげなOLK御一行の個性的な面々を観察しつつ特異そのものな山並みに驚く。何をどうやったらそうなんねん、なっとるやろがい!とツッコミを入れたくなる感じ。

帰り際にLidlと地元のアイス屋さんに寄って今日のレースのご褒美を買います。史上最高難易度のレースだったのは間違いない。アイスはピスタチオとバニラ、あとマンゴーの3種乗せを注文。どれもめっちゃ美味しかった。特にピスタチオ。
Lidlからは遠くの大きな山塊がよく見えてまたいつかドロミテに来たいな〜と思わせてくる感じ。今日の晩御飯のためにモッツァレラチーズを買いました。おいしかった。

宿の前まで送っていただいてOLKのみなさんとはお別れ。宿に帰ってここを発つ準備をしていると何やら外から声が。Uluが飯に行くからお前も来い!と呼びに来てくれたよう。晩飯は買いましたが遠慮なく今日もついて行くことに。
今日は日本のオリエンテーリングについて興味津々な皆さんに日本の森の素晴らしさを伝授しておきました。特に2027年のWMGは関西、しかも地元兵庫県で開催ということで尚更たくさん聞かれましたね。
Day7:Cansiglio Orienteering Meeting 3日目

今日で日本を発ってから1週間。なかなかにあっという間な感じがする一方でとても濃密な時間でもあります。この旅の話をするのにきっと1日では足りないことでしょう。
とはいえ今日もレースはあるので集中しましょう。今日も昨日と近しい地形のエリアでやるみたい。この大会は3日目がWREに指定されているのでここでWRポイントを取得したいところ。やっぱりヨーロッパの大会の方が高く貰えますから。
レースはここ3日間で最も快調と言って良いくらい良いもの。昨日のような複雑な凹凸地形は若干ですが鳴りをひそめそこそこ走ってオリエンテーリングをする余裕のある感じでした。とはいえ全日本エリートに続くタイム差というのは悪くない結果ではないでしょうか。また走りたいね、ここのテレイン。
会場で、しばらく行動を共にしたスイス人一行へ夕食への招待の感謝と別れを告げると共に3年後に日本で会うことを約束し連絡先などを交換。Uluが落合さんのLINEを持っていたのは衝撃でした。ガチでIOFの人間でわろた。思いがけない人たちとの繋がりも旅の醍醐味です。

4日間の滞在を終えて宿のオーナーといよいよお別れ。すっかり馴染んでしまったこの牧場から離れるのもなんだか名残惜しく後ろ髪を引かれる思いですがこれからまた移動先があります。別れを告げて宿のおばさんに駅まで送っていただきました。
駅でおばさんと別れる際、滞在中の感謝を伝えると不意にハグをされました。欧州ではあいさつの文化にハグをすることがあると聞いてはいましたが不意をつかれドギマギしてしまいました(笑)

本当に4日間だけ滞在したとは思えないくらいの充足感を抱え近郊列車に乗り込みひとまずヴェネツィアへと向かいます。疲れていたことと昼過ぎの暖かい日差しに照らされてついうとうとと。
気が付いたら数日前に訪れたサンタ・ルチーア駅に到着していました。やれやれしっかりしてくれよ全く。この調子だと荷物いつか盗られるぞ(フラグ)。重い荷物は邪魔なので前と同じところに預けて市街を散策します。

流石に前ほどがっつり歩き回るのもなんだか違う気がしたので今日は島の北側に赴き海岸線をぶらぶらとほっつき歩きます。神テレインでの3日間の素晴らしいオリエンの余韻に浸りなが静かな街中をぶらつくの控えめに言って最高すぎる。
そういえば、今日ヴェネツィアに来たのは観光ではなくオーストリア、ウィーン行きの夜行列車に乗車するため。陸続きで国境を越えられるヨーロッパではいまだにたくさんの夜行列車が走っているんですよ。

そんなロマンあるヨーロッパ。夜行列車があるというだけでこっちの鉄道の方が素晴らしく聞こえて来なくもないですが、時間通りに来なかったり出発直前まで発車番線がわからなかったりして待つのも一苦労というところがあります。
現に出発2時間前ではあるのですが30分前くらいにならないとどのホームに来るのかすら全くわからないのでこうして運河をぷらぷらと歩いて時間を潰しているというわけです。日焼けしちゃうよ。

出発の10分前になってようやく寝台列車が入線。私が乗るのはNJ(ナイトジェット)という寝台列車。オーストリア国鉄が運行している夜行列車のことをどうやらNJと呼称するみたいですね。
行き先はウィーン…ではあるのですが、これがややこしいところで色々な方面へ向かう客車を連結しているのでドイツ南部のシュトゥットガルトへ向かう客車もあったよう。乗り間違えることはありませんがなかなか面白い運行形態です。

車体側面に「couchette」と買いてありますがこれは3段ないし2段の簡易的な寝台のこと。普段は中段をたたみ下段を座席としていますが夜になるとこれを展開してベッドとするわけです。お察しの通りめっちゃ狭いので注意。身長180の自分ではまっすぐ寝る事も困難でした。
とはいえ座って寝るのと寝転んで寝るのとでは疲労の回復度合いは大違い。20kgを超える超重量のザックを気合と根性で引きずり上げ棚に押し込んで就寝。ワクワクして眠れないかもと思いましたが案外スッと意識は暗闇へと落ちていきました。
Day8:Wien→Prague、OBBなのかQBBなのか

朝ごはんにパン2個とブラックコーヒーが供されたのでありがたくいただきウィーン中央駅で下車なう。先頭の電気機関車が客車を引っ張るヨーロッパだとよくあるタイプの列車でした。
昨晩に探索した時はシュトゥットガルト行きだった客車はチューリッヒ発ウィーン行きの客車に気付かぬ間に入れ替わっていました。こわ。

日本ほどではありませんが朝ラッシュにごった返すウィーン中央駅から少し街外れにあるシェーンブルン宮殿へと向かいます。久しぶりに地下鉄に乗車しますが御堂筋線より全然綺麗で雰囲気も良い。さすがオーストリアといった感じ。
シェーンブルン宮殿の最寄りの駅は二つあるのでとりあえず遠い側の西側の駅で下車。一応、ウィーンを代表するような観光地のはずですが近い方の駅がアクセスポイントになっているのか全然人はいません。

そこら辺の街の大きな公園くらいのノリで門をくぐると流石に普通の公園とは一線を画すような装飾や花壇、あるいは手入れの入った生垣といったものが並んでいました。丸すぎんだろ…奥の生垣…本当に丁寧に手入れしているんでしょうな。
シェーンブルンの中には大温室や動物園・植物園といった非常にのどかな施設が散在していて見どころたっぷりなのですが、流石に朝8時にやっているわけもなく。豪華絢爛な建物を外から見るだけしておきます。

駅から1.5kmほどぶらぶらと歩いてようやくシェーンブルン宮殿とそこへ至る大きな広場に出ました。通路となっていない部分には丁寧に花壇で装飾がなされており、両脇の高い生垣もビシッと統制された宮殿らしい演出。
岩の門のようなところから宮殿を覗いていますが、これはネプチューンの泉と呼ばれる小さな泉に注ぐ滝の裏にある撮影スポット。あまり気付かれてすらいないようで私ともう1組しか人間はいませんでした。

そんなこんなで持ってきたクッキーを朝ごはんに食べていると雨が降ってきました。そこら辺の大きな木下のベンチで雨宿りをして中央駅の方へと戻ります。行きも帰りも同じルートで帰るのは面白くないのでメトロでなくLRTで帰ることにしました。
とはいっても中央駅まで直通で連れて行ってくれる路線はないので途中の拠点駅で別のトラム路線に乗り換えます。車両はどれもOBBのイメージカラーである赤色に統一されています。そういえばベルンのトラムも似たような色合いだったな。

ウィーンの見どころは他にもたくさんありますが残念ながらあまり見て回る余裕はありません。というのもこれからお隣チェコはプラハまで向かうからです。飲み物とかお菓子を買ってベルリンへ直通するRJ(レイルジェット)へ乗車します。
事前のリサーチでは赤い車体の列車ばかり写真にあがっていたので当初これが自分の乗る列車だとは全く気がつけなかったのですが、駅の電光掲示板がそうと言っているのできっとそうなのでしょう。

座席につくと水のサービスが。そういえばこっちの水は硬水が多いはずですがもはやどっちがどっちでも気にならなくなってきましたね。どっちも同じ水です。
自分が予約した時には結構満席近かったので二人がけのボックス席しか空いていませんでしたが結局今回は誰も来ず。しっとりとした革張りの座席はちゃんとリクライニングもできて非常に良き。

オーストリア国内や近隣諸国首都とをメインルートとして結んでいるRJ、最高速度は時速230kmと他国の高速鉄道にこそ劣りますが車内の設備や清潔感、施設の新しさといった快適性の面で上を行きます。利用こそしませんでしたが食堂車もあったそうですね。
基本的に大きな山のない丘陵地帯を走るRJ。さながらTGVのようですがここらではあまり小麦は育てられていないらしく何かしら畑には別の植物が植っていたみたい。

プラハまではウィーンから4時間ほどで到着。長時間の列車移動が板についてきて何楽にならないようになってきました。とりあえずプラハの中央駅近くに取っておいた宿にチェックイン。窓を開けるとご覧のような「The ヨーロッパ」な通りが広がります。
伝統的な中層建築なお陰で駐車場がなく道端に車を駐車しているのがいい味してます。二人用の部屋を一人用の価格で取れたのでベッドも広々としていて最高。昨日クシェットだったことも相まってますけどね。

チェコ人になったつもりで駅前のコンビニ的な小さな商店に潜り込み安酒を買います。先にチェコ入りした皆さんから酒が安いと聞いていましたが、実際に水と同じかそれより安い価格で販売してあるのを見ると頭がおかしくなります。
でも私はチェコ人、500mlの缶をたった2本だけ買って晩酌。味はよく覚えていませんが多分美味しかったんじゃないでしょうか。そもそも何の酒買ったか覚えてない件。
Day9:Prague→Plzen、宝石箱の街

グッドモーニング、コインランドリー。多少同じ服を何度か着るくらいなんて事ないですが流石に在庫が尽きてしまったので評価高めのコインランドリーでお洗濯。窓口でお金払って係員に案内してもらうスタイルなので普通のランドリーというのが適切でしょうか。
今日はJWOCの開催地であるチェコ第4の都市、プルゼニへと向かいます。今日はグローバル・ユーレイルパスを使わないので改めて旅程や切符の買い方を予習しておきます。まあ適当でもいけるでしょうが。

とはいえ列車でそんな長くかかるような距離でもないので午前中は数少ない街全体が世界遺産のプラハを観光したいと思います。とりあえずコインランドリーの近くにあった聖堂に入ってみましたがこーんな感じ。
奥のバシリカに嵌め込まれたステンドグラスの美しさもさることながら柱に刻まれた十字架の紋様が装飾としていい味出してますね(上から目線)。

それでは今いる新市街から旧市街の方へと移動しましょう。個人的にジワるのがこの長い長い地下鉄ホームへと降りていくエスカレーター。今や壁が取り払われて久しい東西ですがかつてはこのチェコは東側諸国の一員でした。
そんな頃に建設された地下鉄が核シェルターにならないはずもなく。いや、絶対ならない方が良いんでしょうけど。こうして大深度の地下に建設されたんですね。京都と同じく地上一帯に広がる文化財の保護という観点もありそうです。

そんなわけで中央駅の窓口にてプルゼニ行きの切符を購入。並んで買えず乗り遅れたとかだったら洒落になりませんから。ついでにコインロッカーにてクソ重いこのリュックを預けてしまいます。流石に持って回るのは厳しい。
駅前を走るトラムに乗って市内中心部を流れるドナウ川の橋で下車。小高く丘になった公園を発見したのでもちろん登ります。オリエンティアですから。そこからの眺めは市街を一望できる非常に良いもの。ちょうど天気も晴れてきて尚更良い眺めです。

プラハといえばプラハ城。その中心に位置する聖ヴィート大聖堂はゴシック様式を代表する建築物の一つ。ケルン大聖堂とかと同じ様式です。1300年代から建設が始まった由緒ありまくりの伝統的な建造物なこともあって外壁に設置されたガーゴイルなど装飾がすごい。
中に入ろうと思ったのですが入場券を買うのにありえないくらいの長蛇の列ができてしまっていたので諦めて外から眺めるだけにしておきます。聖堂内部こそ豪華絢爛なので見たかったのですが仕方ありません。

城から脱出しトラムに乗るあたりで空がぐずり始めポツポツと雨が降り始めました。傘をさすほどではないので目を細めて水が入らないようにしていると何やら遠くからソビエト連邦が…ソ連?
思わず目を疑ってしまうほど現代社会に似合わないソ連らしさ全開の古いLRTが走ってきました。貴様…まだ動くのか…という感じに年季の入った車体で圧倒的な存在感を周囲に振り撒きながら坂の下の方へと降って行きました。

カレル橋というプラハの観光地としては有名だけど人が多いだけで存外大したことのない橋を抜けて旧市街へと戻ります。城下町の様子も雰囲気良くて素晴らしかったですがこの旧市街はまさに「レベルが違う」という表現がピッタリ。
どこかしこもまるで博物館にあるような装飾の建物。ベージュっぽい壁の色の建物が多くはありますが白や黄色、水色といったカラフルな建物群で見るひとを飽きさせません。

フス像がある旧市街広場の周辺には時計台や聖母教会といったプラハの中でも主要な観光地が集まっており賑わいを見せるとともに様々な色屋根の建物が楽しめるエリア。肝心のフス像はマリアの柱像と被ってほぼ写ってません。
プラハはこういった建物のカラフルさや美しさ、そしてそのどれもが良好な保存状態を維持していることから「建物の宝石箱」というような異名で呼ばれることさえあります。

中央駅から一つ南の駅に国立博物館があり、その正面に750mに渡って縦長に伸びるヴァーツラフ広場には10世紀にボヘミア(現在のチェコ)のキリスト教化に邁進した民族的英雄である聖ヴァーツラフの銅像が鎮座します。
人々やビジネスといった賑わいを見せる場所でありつつチェコの文化や歴史といった史学的な盛り上がりとが交錯する個人的な推しスポット。あわよくば博物館も訪問したかったですが残念ながらこれで時間切れです。

そうそう、チェコといえば博物館が有名。ありとあらゆる内容のものがあり、先の国立博物館から共産主義博物館やビール博物館といった大衆ウケしそうなもの。あるいは拷問博物館や性交機械博物館といった誰が作ったんや案件な物も存在しています。多分あるのはこことアムステルダムだけ。
駅に戻ってお昼ご飯。イタリア以来「らしい」食事をしていませんがそれはお金がないからと言い訳しておきましょう。実はSUBWAYに行くのは初めてだったので注文方法が分からず店員に戸惑われましたが何とか気合いで注文できました。

プラハからプルゼニまでは2時間ほど。見るからに古い機関車と古い客車の列車でしたが存外乗り心地などは悪くありませんでした。コンパートメントで一緒になったおじさんが一生何かを喋っていたのが気になったくらいでしょうか。
駅から市街中心部までちょっとだけ距離があるのでちょっくらトラムで移動。あ、そういえば海外のトラムとかはクレカのタッチ決済で乗ることができます。もちろんApple Payで乗車できるのでスマホさえあれば乗れちゃうんですよね。

今回取った宿はプルゼニの中心部、大聖堂の目の前に位置する最高の立地です。しかもドミトリーとかに泊まる価格で一人部屋、しかもしかもなかなか広い部屋で最高に嬉しい。ここで5日ほど滞在します。
あまり遅くなってしまうとモノを売る店も閉まってしまいますからとっとと近場の商店でヨーグルトやパン、チョコレートやお酒といった必要なもの…必要なもの?を買い込んでおきましょう。

いい具合に気温も落ちてきたのでJWOCerたちが宿泊している宿を飛び越して郊外の湖になんか名前はよくわかりませんがウサギとかの野生動物もいてなんだか癒しスポットって感じ。
西の空からだんだんと暗い雲が広がってきて今にも雨が降りそうな感じに。天気予報では明日はしとしと降るみたいでちょっと残念。

ちょうど帰り道になっているところに安定と信頼のマクドナルドがあったのでビッグマックを注文。1500円くらいしたのでやっぱ中央でも日本より高い。日本って本当に良い国なんですね。
さっき買ったピルスナーウルケルの500缶を開けて晩酌。明日からの4連戦に備えて今日は早く寝ることとします。飲酒しましたが(矛盾)。おやすみなさい💤
エピローグ

と、いうわけで総集編1日目から9日目まででした。いや〜これでも書く内容は頑張って絞ったはずなんですが、結局20000字を超えてしまいましたね(笑)
この調子だと総集編だけで100000字書く未来も見えてきたりするかもしれませんが流石にこの分量は1日かからないと書けないので程々にしたいところです。
なるべく早いうちに次のDay10〜18のJWOC・スイス周遊編も脱稿しますのでしばしお待ちください。
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