卒論が佳境なのにブログを書いている人が一人、ここに。だいぶお久しぶりかもしれません。polarisです。
今年5月に東京都の奥多摩エリアで発生したトレイルランニング練習会での遭難死亡事故に関する報告書が発行されました。かねてから注目していた事例だけでに色々と読み込み考えさせていただきました。
その中でかつて自身が登山を始めた頃に道迷いした経験を想起し思うところがあったので順を追って書いていこうと思う次第です。
はじめに
まずはじめに、この事故で行方不明となり亡くなられた当事者様のご冥福をお祈りいたします。
前置き
前提としてこの記事はあくまで
- 何がどのような経緯で発生したのか
- どうすれば遭難を防げたか
の2点の主旨に関して考察を行うものです。記事内で行動や判断が適切だったか評価する場面は随時ありますが誰が悪いか、あるいは責任をどの程度負うべきかを追求することがこの記事の主旨ではないことをご理解いただければと思います。
また、遭難に至る経緯を追うにあたって避けられず故人の地図読みや実際に行動する際のスキルについて言及する場面があります。それは当事者を揶揄するためでなく、あくまで俯瞰的な事実として分析するためのものとして認識していただけると幸いです。
加えて事実と確認できない出典の薄い情報は根拠として使用しません。以下の参考文献において明確に記載のあった情報のみを事実として扱います。
参考文献
最終事故報告書
関連note


事実の把握
まずは当事者が行方不明となるまでの全体の足取りを参考文献に記した報告書とnoteに記載された情報から簡潔に順を追って把握に努めます。
なお時刻については事実理解に支障のない程度にざっくりと矯正しています(例:1630頃→1630)。また、遭難者の実際の行動について確定している内容を赤文字で記しています。
- 最高気温:21.5℃
- 最低気温:12.0℃
- 天気:午後より曇り、夜中ににわか雨
- 日没時刻:1836
時系列による把握
| 時刻 | 事象 |
| 1430 | 山中に入り尾根の登坂を開始 |
| 1600 | ゴンザス尾根-花折戸尾根分岐に到達 |
| 1605 | GPSトラッキングの開始 |
| 1630 | 下山口手前で主催者が遭難者を待つも合流できず |
| 1645 | 主催者が他の参加者を花折戸登山口から下山させ解散する |
| 1649 | 遭難者が1度目の道迷い、LINEで主催者と遭難者がコンタクトを取る 現在地を示すGPSウォッチの地図画像を確認するが縮尺が大きく現在地を「確定」には至らず 主催者が現在地より下らないように指示 主催者が遭難者にウォッチのGPSログによる登山道への復帰が可能か打診し、遭難者から可能の旨の返答を得る |
| 1710 | 遭難者から主催者へ「周囲が険しく進めない」との連絡 遭難者が登り返してきた道を「比較的安全で歩きやすい」と表現 主催者が遭難者へ尾根または登山道へ復帰したら連絡するよう指示 遭難者からスマホの電池残量がない旨の連絡 |
| 1730 | 主催者が花折戸尾根登山口から登り返し登山道と付近の支尾根などを捜索するが発見できず 最終目撃地点まで捜索したのち花折戸尾根登山口へ下山 |
| 1805 | GPSトラッキングが終了 前後で遭難者が2度目の道迷い(この後の動向は不明) |
| 1836 | 日没(東京での時刻) |
| 1930 | 林道西川線沿いを車で捜索するが発見できず |
| 2000 | 鳩ノ巣交番に通報 |
| 2130 | 山岳救助隊による捜索が開始 |
概ねの事象を時系列に並べるとこの表のようになります。
地図による把握

この日の行動計画を地理院地図上にて示すと、図の赤線の通りとなります(矢印が進行方向となる)。
ゴンザス尾根と呼ばれる尾根を南から登り、標高1000m程度の地点から花折戸尾根方面へ南東進し鳩ノ巣駅付近の登山口へと下山するルートです。
次に遭難者の実際のGPSログを見てみます。

16時過ぎにゴンザス尾根-花折戸尾根分岐を出発し花折戸尾根を下山。分岐から1.5km進んだ地点、標高570m付近の尾根で登山道を外れ西北西へと伸びる尾根に入り込んでいることが地図から読み取れます。
その後530m付近まで当該尾根を、450m付近までその南の沢を降ったのちに登り返しています。

noteに掲載されたCOROSのページにおいてGPSログの東側末端付近に2km経過の表記があることと、花折戸尾根登山道を下るペース(15min/km〜)、さらに16時49分の主催者と遭難者のLINEでのやり取りから遭難者が下るのをやめ登り返し始めたのがこの時点と推測することができます。

報告書掲載の画像によると遭難者のGPSログは尾根から外れた斜面上方向(赤矢印)へと続いていたようです。

また17時10分ごろに遭難者から「周囲が険しく進めない」と連絡があった箇所はGPSの軌跡と登り返しからの経過時間、GPSログが最終的に終わる地点までの距離・獲得標高から図③で示した赤丸の等高線が詰まった箇所ではないかと推察できます。
この位置まで遭難者は沢を直登していましたが、北側の尾根へと登り返す方向へ進路を変えています(図①を参照)。

その後、時点は不明ですが登山道へ到達し花折戸尾根を登り返す方向へと進路をとります(赤矢印)。

登山道に復帰後、1.5kmほど降ってきた花折戸尾根の登山道を登り返し標高850m付近へ到達します(図①を参照)。その際に登山道、あるいはその付近から逸脱し斜面をトラバースする進路を取り崖の先でGPSログは途切れています。
GPSログの急激な高度低下と地理院地図による現地の表記から何かしらのアクシデントがあったことが考えられるでしょう。
注目すべき点
時系列と地図の両面から実際に起こったことを振り返り、または推察しました。その上で遭難の原因を見出すにあたって注目すべき点があります。
それは遭難者が「2回遭難している」という点です。1度目は16時台に発生した標高570m付近から西北西に伸びる尾根への登山道からの逸脱。2度目は18時台にかけて発生した標高850m付近で発生した何らかのアクシデントです。
より詳しい分析
1度目の遭難

まず16時台に標高570m付近で発生した登山道からの逸脱について。
GPSのログが登山道から逸脱する付近で登山道が通過する緩い尾根は東から南東向きへと進路を変えています。報告書に掲載された画像からも踏み跡は尾根上へと続いていることが読み取れるとともに、迷い込んだ斜面方向へはうっすら薮(植物)の発生が確認できます。
このことから登山道を辿る過程でその軌道の変化を認識できず誤った地形や獣道などの特徴物へと誘引される典型的な低山における道迷い遭難の様相を呈していることが伺えます。
状況的にこの時点で遭難者は隊列の最後尾を進んでいた、もしくは落伍していたことから先行する他のメンバーの足取りを目視することが出来ず1度目の遭難へと足を踏み入れたと推測できます。
発覚から復帰
GPSログを見るに道を逸脱したことに気が付かず西北西へと伸びる尾根と沢を降った遭難者は何らかの要因で自身が本来進むべき登山道を逸脱したことを自覚。16時49分にLINEで主催者に道に迷ったことを報告しています。
この時点でGPSウォッチのトラッキング機能は動作しており、主催者に対してLINEで現在地がわかる画像が送られたと報告書に記載がありましたが具体的にどのような画像だったのか判別できる情報は見つけられませんでした。
しかしながら、このやり取りにより遭難者は主催者と認識合わせを行いトラッキングログを辿って登山道へ復帰することを試みたと思われます。
その際、17時10分ごろに周囲が険しく進むことができないと遭難者から主催者へ再度連絡。公開されているGPSログから先に示した図③の等高線が詰まった急斜面に行き当たったと推察できます(そこ以外に急激な斜面がない)。
幸いなことにこれを一度北に取ることで回避し標高550mを越え登山道へ復帰しています。

上記の画像はnoteに17時20分に撮影したものとして掲載されていたものです。この画像を見る限り遭難者は登山道がある尾根上にいると思われ、どうにか復帰したものと考えて良いでしょう。
この後、どういう訳か遭難者は花折戸尾根を登り始めます。
2度目の遭難

そこから1.5kmほど、降ってきたはずの登山道を40分ほど登り返して標高850m付近へ到達します。この間にGPSログに不可解な点はなく、また降りの軌跡とほぼ重なっていることから登山道を進めていたことが伺えます。
しかし標高850m付近に差し掛かるあたりでGPSログは尾根上から外れトラバースするような軌跡を示します。どのような経緯かは推測するしかできませんが何らかの獣道など一見して道のように見える箇所へ迷い込んだことが考えられるでしょう。
その後の足取りに関してはGPSログ等を参照できませんが、この後に行方不明となり3カ月後の8月にご遺体で発見されたとのことです。
不可解な点
報告書に目を通してまず私は不可解な点に気がつきました。それは「1度目の遭難から登山道に復帰した後、花折戸尾根を登山道に沿って登り返している」という点です。
遭難者は本来であれば青梅線の鳩ノ巣駅に向かって南西方向へと下山中だったことから、登山道に復帰した後は再度登山道を降って下山口へ向かうのが自然な流れではないでしょうか。
しかし、現実として遭難者は登山道に復帰してから40分近く、距離にして1.5km、獲得標高300m近くに渡って尾根を登山道に沿って登り返しています。
原因と対策
遭難者は2時間の間に2回道迷いに陥り、1度は道迷いから回復し登山道に復帰することができたもののその後の移動の最中に2度目の道迷いに陥りそのあと致命的な結末へと至ったと思われます。
昨今言われていることですが、山岳遭難全体における道迷い遭難の割合は全ての山域を合計しても約1/3程度を占めており、アルプスなどの高度山岳においては道迷いよりも滑落や高山病が発生しやすいことを鑑みると、低山における遭難の原因の多くを道迷いが占めていること考えられます。
私も登山を始めた頃(約6年前、高校1年生のとき)に兵庫県宝塚市の山中で道迷いを経験したことがあるのでそれについて簡単に紹介します。
道迷いの例(私の場合)


2020年3月22日に訪れた大峰山での出来事です。画像の通り分岐から斜面をトラバースする道(赤矢印)に入り込みあわや現在地がわからないという状態に陥りました。
原因は極めて単純で、現在地の確認をしていなかったからです。言い訳でしかありませんが登山を始めて2カ月という経歴の浅さと道(のように見える跡)があるのだから間違い無いだろうという思い込みから能動的に現在地を確認せず迷い込むこととなりました。
画像のログのようにある程度進んだ箇所で流石におかしいと思い当たりYAMAPを確認したら予定していたルートから盛大に外れていたという訳です。
道迷いに気がついてからは予定ルートへと復帰し登山を続行。無事に下山口へと辿り着くことができました。
詳しくは以下に添付した分析記事、活動記録に掲載しています。興味がある方は一目通してください。
道迷いの原因と対策
道迷い遭難と言ってもさなざまなパターンがあります。分岐を間違える、似た地形に入り込む、間違った踏み跡を辿る、よく分からないけどなんか迷った、などなど。
しかし、そのどれもに共通する原因として言えるのが「現在地の把握を疎かにしている」ことです。当然と言えば当然、当たり前のことではありますがそれ以上でも以下でもありません。
登山やトレランにおいては登山道を外れることは原則としてあり得ませんから、そこから逸脱しているということはどこかの時点で現在地の把握が十分でなくなるということです。
できる限り頻繁に自身の現在位置を把握することが唯一効果的な道迷いの対策と言えるでしょう。
道迷い対策の方法
ではどのように道迷いの対策を行えば良いのでしょうか。いくつか挙げてみましょう。
| 手段 | 視認性 | 持続性 | 経済性 | 要求技術 |
| スマホ | ○ | △ | ◎ | 低い |
| GPSウォッチ | △ | ○ | △ | 低い |
| 紙地図 | ○ | ◎ | ○ | 高い |
スマホのGPSを利用する
昨今のハードウェアとしてのスマホの普及、そしてそれに対応した各種アプリケーションの整備により一般人の誰もが手軽にGPS(正確にはGNSS)の情報を利用することが可能となりました。
山中ではオフライン環境下になる場合が多いことから地図データのダウンロードや予定コースの事前準備などある程度の準備は必要となりますが、比較的手軽かつ特別な技術がなくても自身の現在地を確認することができるようになります。
YAMAPやヤマレコなど様々な種類のアプリケーションがありますがどれも有効に使うことができるものなのでお好みで選ぶのが良いと思います。
比較的、電池の消耗が大きいのでモバイルバッテリーの携行が推奨されます(もちろん地図アプリを使ってなくても)。
GPSウォッチを利用する
世間ではスマートウォッチと呼ばれることが多いですが、AppleやGarmin、COROSやSUUNTOなど様々なブランドからGPSによる行動のトラッキングを行うことができる時計が発売されています。
値段によって性能の上下はありますがある程度の価格がするものであれば時計の画面上に地図や予定ルート、進んできた道のりを表示することができるものが多いです。
画面の小ささからスマホよりも視認性に劣りますが、ルート上にいるかどうかや分岐までの距離など短いスパンの情報を手軽に確認することが可能という点が優れています。
紙地図を利用する
前の二者に比べて圧倒的に手軽さは劣ります。自身の現在地が表示されないため継続的な地図読みや周囲の特徴物からそれを割り出す必要があるという点で技術的な難易度は高いと言えるでしょう。
しかし適切な読図とコンパスワークができるようになれば根本的な地形の理解という意味で登山における安全性は飛躍的に上昇するでしょう。慣れないうちはGPSを保険に使いつつ紙地図を使う訓練を積むのが良いです。
心得ておくこと
極端な話ですが、ずっとスマホの地図アプリの画面を開きながら登山することすら推奨すべきと思っています。何故なら道迷いは一分一秒一メートルでも早くそれに気がつくことが大切だからです。
気づきが早ければ早いほど登山道や本来のルートに復帰できる可能性性が高まりますし、そのために必要な「引き返す」という行為そのものの労力を減らすことができます。
これは所謂「サンクコストバイアス」と呼ばれるもので、予定外の進行に費やしてしまった時間と労力を惜しみ結果的により大きな損失を生んでしまう行動原理を指します。
サンク・コストが小さければ小さいほど引き返すためにかかる精神・肉体的負担は少なくなります。
考察と意見
ここまでは事実をベースとしてそこからわかる範囲での推察を述べてきました。見えてきたのは1度目の道迷いに陥ったところから辛くも復帰したが、再度道迷いに陥ってしまい最終的に致命的な結末へと至る道筋でした。
しかしながらその中で、事実関係として判断することができないものの怪訝な点や不可思議な点、現実がこうだったらなと思う点がいくつかありましたので幾つか言及いたします。
何故、尾根を登り返したのか
先に不可解だと述べた内容ではありますが、本当によくわかりません。登山道に復帰していたことはほぼ確実なのですからそこから改めて下山口を目指したり、行動せず留まったりしていれば主催者の捜索で発見された可能性はかなり高いと想像します。では何故、尾根を登り返すという行動をとったのでしょうか。
GPSウォッチの使い方が分からなかった可能性

この画像をもう一度見てみましょう。時計の画面内に表示されている情報は薄い赤色で表示された国道411号や白色で表示された城山トンネルやその他の道に加えて、ここまでの自分のログを示す青色の線、これから進む赤色の線と進行方向を示す矢印があります。
これはnoteの執筆者様も言及していたことではありますが、時計の画面上に表示するにはあまりにも範囲が広すぎます。

ざっくり地理院地図に表示されてい範囲を赤い円として投射してみました。鳩ノ巣駅はともかくとして、白丸駅やさらにその上部の住宅地まで表示しているのは、目前のナビゲーションに使う情報としては不必要ですし、自身の付近の情報が「なんかでっかい尾根にいる」くらいしかわかりません。
GPSウォッチで閲覧できる地図情報の精度にも限界があるので範囲を絞れば良いというものでもないですが、GPSウォッチのガイド・ナビゲーションを自身が登山道を進むために有効利用できるものとして利用することができていなかった可能性が想定されます。
はたまた、地図上に青色で表記されている線のことをこれから進むべき道と誤認していた可能性も考えられます。
道に迷ったら高いところに行く…?
可能性として高いなと想像したのが「道に迷ったら高いところに行け」というものです。一般的と言っていいくらい使われている言い回しですがこれは半分正解で半分間違いです。
まず、前提として道に迷った場合は無闇に動き回らず現在地の把握に努めるというのが原則です。少なくともその時点で差し迫った生命の危機はない場合がほとんどですから。
現在地が全く把握できず登山道に復帰できるような可能性が考えられない場合でどうしても動く必要があるならば、進退窮まる可能性が高い降りより開けた場所や見通しの良い場所に出る可能性が高い登りを選択するのが良い。というのが「道に迷ったら高いところに行け」の趣旨です。
とにかく闇雲に登って高いところを目指せという意図ではないことを改めて記しておきます。
その上で、今回の場合はGPSウォッチによるナビゲーション機能が活きていた(少なくとも17時20分の画像では確認できる)ことから、それを利用して登山道へ復帰するというのは自然な流れです。
Twitterを見ていると「すぐに救助を呼ぶべきだった」という意見も散見されますが、現在地がわかっている状況(再三ですが時計の画面に表示できている)で危険がないにも関わらずぽんぽん救助を呼べば良いというのは、あまりに短絡的な結果論と言わざるを得ません。事実として遭難者は一度、登山道まで復帰できているわけですから。
事実は分からない
登山道に復帰できたことは確実ですが、その後に花折戸尾根を登る最中で再度道迷いに陥り行方不明となりました。その行動へと至る要因ははっきりとわかりません。
報告書の記述を見るに主催者がゴンザス尾根-花折戸尾根分岐まで登れと指示したわけでも無さそうですし、中年の女性が40分で1.5km300mの登りを進んでいるわけですから割と良いペースです。何らかの意思を持って登っていったのでしょう。
より偶然性の高い結論として考えるなら、登山道に復帰していることに全く気が付かなかったが偶然登山道を40分近く辿ったということも…あるでしょうか…
考えてもよく分かりませんね。
虚偽の情報の流布

確たる情報がなかったため私は静観していましたが、Twitterで最終報告書と記載の異なる事実が流布されていることにも触れざるを得ません。
「遭難者は鳩ノ巣付近の登山口に一度下山したが主催者の指示で再度入山させられ、その結果遭難した」ということは事実を歪曲して解釈した全くの虚偽であることが最終報告書、および5月30日のnoteのGPSログ公開から読み取れます。
確かに奥多摩駅に一度下山したがルート変更して再度入山するにあたってその旨は主催者から参加者へ伝えられていますが同時に奥多摩駅でエスケープ(中止)する選択肢も提示されています。主催者が参加者の状態をある程度気にかける必要はあるでしょうが最終的に進退を判断するのは当事者です。それを指示と呼ぶのはこじつけが過ぎます。
加えて遭難者は14時半以降に山に入ってから一度も下山していません。それはGPSログからも明らかです。
この二つの事実を体良く歪曲して解釈した結果がこの虚偽の流布なのでしょうが、実しやかにこれが語られ続けていたという事実の酷さは語るに落ちます。
主催者の落ち度か?
これは事故発生直後から様々な尾鰭のついた情報と共に拡散されていた主催者の過失に対する責任追及についてです。初めに言っておきますが、私の意見としても主催者に全くの過失がなかったと申し上げるつもりはございません。
必要だった安全対策
報告書に書かれていることを反復することとなりますが以下の安全対策はしておくべきだったでしょう。

これが全て適切に機能し運用されていれば今回の事故における課題に対応し、今後の同様の事案で参加者が遭難死するという最悪の事態を防ぐことが可能となるでしょう。
直接的な原因
まずここまでで申し上げたように、事実として遭難者は主催者の指示とGPSウォッチのナビゲーションによって登山道に復帰することができています。
1度目の道迷いは確かに主催者の引率能力や監督体制の不備によるものが発生原因として考えられるでしょう。しかし、1度は登山道に復帰しているわけです。そこに至るまでの主催者と遭難者のやり取りに不可解な点はありません。無闇な下りを止めるよう言及したのも正しい判断ですし、GPSウォッチで現在地とログが分かるからそれを辿って登山道に復帰するというのも自然な流れです。私が当事者でも現在地がわかるなら同様の行動をしたでしょう。
問題となるのはその後の行動です。登山道に復帰した遭難者はスマホの充電も少なく連絡できるかわからない状況の中で花折戸尾根をさらに登り返し1.5km、300m、40分という行程を何らかの意思を持って登山道を進み、その後2度目の遭難へと至っています。
登山道に復帰したらその場で待つよう明確に指示を出すべきだったと言うこともできるでしょうが、そもそも道を辿れず遭難している訳ですしここまでの二十数キロの行程で消耗した遭難者が下山口と全く反対の尾根に向かって登っていくことを予見できるでしょうか?
こうしておけば防げたと結果を見て申し上げることは容易いですが、当時その場の判断でそれがどのような結果に繋がるか完全に予見して行動することはおよそ不可能であり、主催者は限られた情報と時間の中で遭難者を1度登山道まで復帰させることに成功していることもまた事実として認めなければいけません。
仮に遭難者が登山道を登山道として認識できなかった可能性があるとすれば、なおさら不可能でしょう。
登山道の程度
当該ルートが非熟達者を連れて歩くのに相応しいかどうかという点も議論にあがります。どうやら山と高原地図ではは線ルートとして表記されているため、技術の無いものに歩かせるには不適だという言及があるようです。
しかし、後日登山経験のなかった遭難者のご子息が登山道およびその周囲を団体、および単独で無数に捜索活動を行なっていますが遭難には至っていません。遭難者はこの事故の時点で3年の登山経験があったと聞いていますから登山経験の無い者と比すれば十分にナビゲーションできた可能性も考えられます。
そもそも、「この地図では破線だから」という言及は地図により表記が異なるため一意に信じるのは難しいでしょう。一例として六甲山の蓬莱峡ルートを挙げます。


このように道の表記が地理院地図では全く無い箇所ですがYAMAPでは一般的な登山道として表示されています。画像としては載せていませんが山と高原地図では破線ルートです。
摩耶山西側の地蔵谷も山と高原地図では破線ですが現地は明瞭な踏み跡があります。
破線ルートよりよっぽど薮くて不明瞭な普通の登山道なんていくらでもありますし季節によってまちまちでしょう。その明瞭度について議論したところでベキ論と主観による価値判断でしかありません。
GPSの活用
仮に踏み跡が容易に判別できない難しい道として、その人間の目による判断をカバーするのがGPSです。現代のスマホやGPSウォッチは専門的な測量機械に劣るとはいえ一般人が登山をするに十分な精度を持ったものです。
遭難者が着用していたCOROS VERTIX2はフラッグシップモデル。5衛星の2周波に対応した10万円近いハイエンド・GPSウォッチです。地図やルートの表記ももちろんですがコース離脱アラートといった補助機能もあります。
これら十分な機能を有したGPSウォッチがありながらコースを逸脱(道でないところを標高差100m以上降っている)してしまうとなると、ウォッチそのものを自身のナビゲーションに活用できていません。その事実は16時49分の現在地がわからないという連絡にも表れています。現在地はウォッチに表示されているないし閲覧可能な状態ですから。
必携品の意義と意識
課外活動のトレーニングとして六甲山系にはよく登りますがモバイルバッテリーは持って行きません。というかフラスク一本しか持ってないのでレインウェアもないしヘッデンもないしまあ顰蹙を買うような格好でしょう。
じゃあ私が誰かに持ち物について助言する時それが要らないと言うかと聞かれれば答えは否です。当然必要です。車の鍵とスマホの次に大事といっていいくらいです。
必携品と言うのは最低限持つべき物の指標であって、「必携品でない」こと即ち「持っていかなくて良い」と認識するのは非常に危険です。
14時は危険か?
これも結局のところ主観による価値判断でしかありません。私は昼間ならヘッデン持たずに空身で登りますし、夜間ならヘッデン持って空身で登ります。トレイルランニングの大会で夜間を走るものなんていくらでもあるのですからその様な暗闇による危険は許容されているものと思ってしまいます。
しかもこの山は青梅線の至近で雷や天候急変の危険が大きい高山でもありません。現実として下山できた人は皆17時には帰路についています。秋の六甲全山縦走大会は日没までかかる人だっていますけど危ないと批判する人はいません。
殊更に14時という時間帯だけ切り取って声を荒げるのは果たして適切でしょうか?
完全の不完全
これらの意見を踏まえた上で、完全な安全対策というのは不可能です。どれだけ安全対策という網の目を細かくしようと必ずその網目からすり抜けてしまうことは十分に考えられます。これはハインリッヒの法則に見ることができます。
この事故でもどこか一つで双方の判断が少し違えば違った結果も多分に考えられたでしょう。奥多摩駅でやめていれば、引率者の位置が少し違えば、最初遭難した場所で待っていれば、花折戸尾根を登り返さなければ。たらればの仮定を列挙すれば枚挙に暇がありません。
そのすべての網の目を塞いだとしても必ずどこかに見落としはあるし、それをすり抜けていってしまう「どうしようもなかったこと」というのが世の中には必ずあります。だからこそすべての人が自分の身を守るために何をすることができるか熟考し、その上で起きうるリスクを許容したうえで自身の活動を行うことが必要です。
溜飲下しに大義はない
何が言いたいかというと結果論と主観に依拠した粗探しと責任追及には大義を見出せないということです。
確かに主催者はこの練習会を引率するにあたって満たしておいた方が良いと思われる点を充足させられていなかった事は事実です。
一方で、最終的に自らが起こしてしまった現実に向き合い欠落していた点から改善を見出し、現実的にこれからの遭難対策に有効と思われるであろう報告書として私はこの度の文書を拝見いたしました。
当事者意識が足りない、他人事のようだという人は何がお望みなのでしょうか?主催者が土下座しごめんなさいと社会に許しを乞うお気持ちポエムが良いのでしょうか?いつまでも頭を地面に擦り付けて謝り続ければ満足なのでしょうか?
事故を受けてそれぞれ思うところはあるでしょうが、その様な誰かの溜飲を下げるためだけの未来につながらない非建設的な報告書よりも、私は自らの姿勢に悔いて未来の指針となるべく今回公に出された文書を支持いたします。
一人ひとりが自分の身を守ること

これはこの事故の捜索に大変大きく関わられた「まっさん」のnoteから引用した文章です。
私は誰かの過失ばかりを追及し起きた現実を直視しない社会よりも、全ての主体がどう自分の行動を改善していけるか互いに知識を出し合いより良い未来に向かっていく社会を望みます。
そこに属する社会や関わるスポーツの垣根など関係ありません。
それが自己への戒めの言葉として、本来の意味を持った「自己責任」と呼び得る精神ではないでしょうか。
以上。


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